介護報酬改定がスタートして早いもので半年が過ぎました。
国では次回の改定に向け、早くも動き出し始めているようです。
今回のコラムは、最近の介護業界に関するニュースを取り上げてまいります。
今後、介護業界はどのような方向へと進んでいくのかについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
是非最後までお付き合いくださいませ。
東京都足立区をはじめとした全国の有料老人ホームにおいて、介護職員が一斉に辞め、サービスを受けられなくなった入居者が急遽転居を迫られるという事態が発生したニュースは、ご存知のことと思います。
運営法人の極めて杜撰な経営により、スタッフの方々の給与が未払いの状況が続いていたそうです。スタッフの皆様は、目の前に存在する入居者の方々のことを思うと、断腸の思いであったに違いありません。
スタッフがいなければ、入居されている方々の介護はままならず、それはイコール生命の危機に晒される事態に陥ります。
結果として、今回の有料老人ホームの入居者は他の施設への転居を余儀なくされることとなりました。
厚生労働省は今回の通達で、「入居率や資金計画・収支の状況、職員配置等、事業の継続性に関係する事項等の聞き取りを行い、当初の事業計画と乖離がある場合には、専門家への相談を促すなどの注意喚起を行い、改善を図るよう働きかけを行う」よう、都道府県に求めています。

筆者も有料老人ホームの運営や開設に携わった経験がありますが、開設許可申請の前段階からかなりハードルが高いという印象しかありません。綿密な計画を立てた上で膨大な申請書類を作成し、何度も補正(申請書類の修正)を求められてようやく受理されるに至ります。
もちろん、重要なのは開設後です。人材不足が深刻な中でスタッフを確保し、実際に入居者をお迎えし、サービスがスタートしてからが本番です。収支バランスを合わせるために、常に入居率を視野に入れて運営しなければならず、スタッフの離職防止や研修などにも注力しながら、24時間365日のサービスを提供し続けなくてはなりません。
これは並大抵のことではありません。実体験を知っているからこそ言えることです。
一方で、なかなか当初の計画通りにはいかず、右往左往してしまい経営は行き詰まってしまうケースもあります。これは施設サービスに限らず、どのサービスでも聞かれることです。
真面目に運営していても苦心してしまう施設経営。なかには不正をはたらく法人も残念ながら存在します。
どのような形にせよ、健全な有料老人ホーム運営ができていないのであれば、何らか救いの手を差し伸べる必要はあるでしょう。厚生労働省は、今回の事態を大変重く受け止めていることが窺えます。
他方において、不正な手段で運営している施設もあるのは事実です。本来は立ち入り検査などを実施して、悪質な法人があれば取り締まることが必要なはずです。
現行、介護保険法令には「運営指導」が存在し、悪質と認められた事業所には「監査」に切り替えて徹底的な調査をすることが定められています。監査の結果、厳しい行政処分が科される場合もあります。しかしながら、今回のような有料老人ホームの場合、根拠法令が「老人福祉法」になるのですが、この法令では有料老人ホームに対して立ち入り検査は実行できても、行政処分を下すことはできない法令になっているのです。
ですので、悪質な法人が存在しても厳しく取り締まることができないわけなのです。
自社の介護サービスを巻き込んで入居者を囲い込むようなケースも、いまだに存在するようです。基本的には入居者の囲い込みには規制がかかっているはずなのですが・・・
運営法人が「杜撰」で「悪質」な運営をしているのであれば、それは厳しく罰せられるべきです。そうでなければ、入居者や従業員を守ることなどできなくなります。
老人福祉法の抜本的な見直しが求められると思います。
今般の介護保険法の改正により、介護サービス事業者に対して事業所の経営情報の公開を義務づけることになりました。厚生労働省はこの10月に、「介護保険最新情報」にてその報告ルールに関する指針を公開しておりますので、ご紹介いたします。
経営情報の公表ルールについて、厚生労働省は「介護サービス情報の公表制度」を活用して行うことを打ち出しています。
・直近の事業年度を終えた時点で作成した財務諸表を報告すべきであること。
・損益計算書、バランスシート、キャッシュフロー計算書を対象とすること。
・会計基準上、作成が求められていないなどの事情がある場合は、資産、負債、収支の内容が分かる簡易な計算書類でも差し支えないこと。
・報告は事業所・施設単位が原則であること。ただし事業所・施設単位の会計処理をしていないなどやむを得ない場合は、法人単位で公表しても差し支えないこと。
財務諸表の公表は、2024年度から義務化されたわけですが、どのような背景があるのでしょうか?
一番の目的は、介護サービスの経営状況を見える化し、介護経営の実態を国が把握することで・分析するためにあります。すべての介護事業所に対して経営状況を把握するための情報の公表を義務化することで、持続可能な介護サービスの提供体制構築や職員の処遇改善、介護報酬改定などに向けた施策の検討や、介護事業所の置かれている現状や実態を国民に広く共有、理解してもらうことを目的とするとのことです。
厚生労働省では3年ごとに、介護サービス事業者に対して「介護事業経営実態調査」を実施しています。ただ、この調査は強制実施されないため、有効回答数が十分とは言えません。

本当の実態を把握するために、介護サービス情報の公表制度の仕組みを活用して、各事業所の財務状況を把握しようというわけです。情報の公表はよほどのことがない限り、すべての事業所が行わなければならない義務ですので、母数を増やすにはちょうどよいということなのでしょう。
実際、社会福祉法人については、毎年運営状況や財務諸表を公開することが義務付けられているわけですが、民間で小規模で運営している法人などではなかなか大変ではないかと懸念します。
また、経営状態の公表を義務付けることで、本当に国が介護業界の実態を把握し、介護施策の改善に力を貸してくれるのか・・・正直微妙な感じがいたします。
国が本腰をあげてしっかり対応してくれるというのであれば、それを信じて協力することはやぶさかではないでしょう。しかし必ずしもそうではなく、むしろ疑わしいということであれば、いたずらに介護事業所の事務量を増やすべきではないと思います。
ただし、介護に限らずどの業界であっても、経営的な視点は大変重要です。
「介護=慈善事業」ではもはやありませんが、そうはいっても利用者様へサービスを提供して利益を上げるという考え方に、いまだに相容れない介護職員の方もいるようです。
しかし、それは間違っていると思います。
利益を上げることは必要です。「適正」に利益を上げることが重要なのです。
利益を上げなければ、サービスの質は低下します。適正な利益が確保できなければ、従業員の処遇を高めることは難しくなります。介護業界で誇りをもって仕事ができないとなれば、離職は高まるでしょうし、よい人材も集まってこないでしょう。
今回、事業所の経営状況の公表を義務付けたことは、しっかり運営して適正な利益を上げることに対して、よい意味での緊張感を持たせることに役立つかもしれません。
財務諸表の公表については、正直まだ不透明な部分があります。この通達だけをみても、恐らく介護事業所ではどのように対処すべきかわからないと思われます。
今回は、介護業界で最近注目されているトピックを2つご紹介いたしました。
今後、本コラムでも情報をキャッチアップし、皆様に発信してまいります。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。